私が勤めているのは小さな営業所だ。規模が小さいので会社の売り上げやら経費やらの全てを手提げ金庫に保管し、営業所長の鍵付きデスクに入れることになっている。その所長のデスクのカギというのが、昔調子が悪くなって開かなくなったときに針金で適当にカチャカチャやったら開いたという、あってないようなカギである。そこにいる営業所の所員全員がそのことを知っているにも関わらず、今まで持ち逃げが発生していないということを考えると、どうやらこの営業所は田舎なみに治安がいいようだ。
そしてその手提げ金庫というのが、近くのホームセンターで購入したもので、値段も千円ほどである。シリンダーとダイヤルのダブルロックだが、所員全員がそのダイヤル番号を知っているし、シリンダーのカギも所長のデスクの横にぶら下がっているので、これまたあってないようなものである。外部から侵入されたら一発でアウトだと思うけれど、ときどき所員が営業所のカギを閉め忘れていたことがあるにも関わらず、一度も空き巣に入られたことがないので、どうやら治安がいいのはこの地域一帯ということになる。
そんなある日、その手提げ金庫からお金を出し入れした後、所長のデスクに返そうと取ってのところを持ったとき、誤って手が滑り金庫を床に思い切り落としてしまった。もちろんダイヤルロックもシリンダーのカギもかけていた。にも関わらず、金庫が床の衝撃をモロに受けた瞬間、派手な音を立てて金庫の蓋が開いてしまったのである。とうとうシリンダー錠とダイヤルロックの存在価値そのものを否定するかのような出来事が起きてしまったのだ。そこにいた所員全員で散らばったお金を金庫に戻し、何事もなかったかのように皆仕事に戻ったのだが…金庫を買い替えようと提案する人は誰一人いなかった。
空き巣が聞いたら挑発してるのか、と怒られてしまいそうなわが営業所、いつまでも平和であることを願う。